法人登記住所と事業の所在地
公認会計士 萱場 玄
公認会計士 寺澤 拓磨
大森 裕之
シンガポールに進出して法人等を設立する場合、法人等の所在地をACRAへ登録することが求められます。このACRAへ登録する住所が法人登記住所(Registered Office Address)として公の住所となりますが、法人等の設立時点では契約当事者としての現地法人等がまだなく、オフィスの賃貸契約等を締結するのが困難なため、シンガポールに新規進出する場合、まずは会計事務所やカンパニーセクレタリー業者、レンタルオフィスなどに登記上の住所を借りて法人等の設立を行うのが一般的です。
法人登記住所は、法人等の設立後に登録が必要となるCorpPass(詳細は”CorpPass”をご参照ください)や、IRASからの納税通知(NOA: Notice of Assessment)、ACRAからの各種申請に関する受領通知などといった各種監督官庁からの通知の郵送先となり、また、取締役会や株主総会といった議事録の保管義務場所にもなります。
そのため、小さい個人の会社など一定の場合では、会社等の設立後も引き続き会計事務所などの業者の住所を賃借し、実際の業務活動は登記事務所とは別の事務所で行うということも実務上は一般的です。
HDBを住所として使用する場合
シンガポール人の大半が生活している公営住宅を一般的にHDBと呼びます。ただし、正確にはHDBは、Housing and Development Boardという監督官庁の名称を指し、これを公営住宅と区別するため、公営住宅のことをHDB flat(HDBフラット)と呼ぶことがあります。
HDBフラットは、法人等の登記住所としてACRAに登記することも事業拠点として使用することも一定の場合に限り認められています。ただし、監督官庁のガイドラインを遵守したうえで、あくまでシンガポール国民のための住居としての機能を損なわないよう、2次目的での使用(1次目的は居住)に限られています。例えば近隣住民に迷惑をかける可能性のある騒音や匂いの出る事業や、人の出入りが多い店舗小売り業などの場合はHDBフラットを事業拠点として使用することはできません。
コンドミニアムを住所として使用する場合
日本人を含む多くのEPホルダー外国人が住む、民間のマンション(一般的にはいわゆるタワーマンション)のことをコンドミニアムと呼びます。コンドミニアムも法人の登記住所としてACRAに登記することも、事業拠点にすることも可能ですが、HDBフラットと同様、住居としての維持が期待されることからHDBフラットと同様に監督官庁(URA: Urban Redevelopment Authority)のガイドラインに従う必要があります。通常の住環境を維持できないような事業内容、例えば騒音や匂いの出る事業や看板の設置、トラック等による荷物の運び入れなどは禁止されています。
日本の商習慣からすると、登記されていない場所で事業が行われるということに違和感を感じるかもしれませんが、国土が広く行政が市区町村に分かれ支店登記という制度がある日本とは違い、国土の狭いシンガポールでは支店を登記するという制度がありません(外国法人のシンガポール支店はあり)。このような両国の制度の違いから、登記住所と事業拠点が分かれるという商習慣が生まれているといえます。
また、住居も一定の場合はACRAの登記住所として認められていますが、法人等の登記簿にあたるbizfileには登記住所が記載され、誰でも取得・閲覧することが可能なため、コンドミニアムを法人等の登記住所にすることはあまり一般的ではありません。
(注)上記取り扱いは出稿時点のもので最新実務と異なる場合があります。