シンガポールの支店設立手続き
公認会計士 萱場 玄
公認会計士 寺澤 拓磨
大森 裕之
支店とは
親会社とは別個の独立した法人格を有する現地法人がCompany もしくはLocal Companyと呼ばれる一方で、本店と別個の法人格を有しない、あくまで本店の法人の一部であるシンガポール支店(Singapore Branch Office)はForeign Companyと呼ばれます。
あくまで日本本店の法人の一部であるシンガポール支店は、機関などの会社組織の仕組みも、適用される法規制や法定資料の言語も(法人全体としては)本店所在地国である日本の制度に依るため、法人自体がシンガポールの制度に依ることになる現地法人の設立手続きとは若干異なることになります。
支店と現地法人のメリット・デメリットの詳細につきましては、こちらをご参照ください。
設立要件
支店については、駐在員事務所のような売上規模、設立期間や従業員制限といった要件は特にありません。ただし、少なくとも1名のシンガポール国民、永住権者または起業家パス保有者(EntrePass holder)を代表権者(AR: Authorised Representative)として選任する必要があります。
設立前の検討事項
シンガポールで支店を設立する場合には、登録申請の前に以下の点を検討する必要があります。
- 名称
支店は、独自の名称を付けることはできず、本店と同じ英語表記の名称の後に「シンガポール支店(Singapore BranchやBranch Office Singaporeなど)」という名称を付けなければなりません。
- 代表権者(AR: Authorised Representative)
2014年の会社法改正前までは最低2名の現地居住者を選任する必要がありましたが、改正後は代表権者として1名を選任すれば足りるとされています。なお、代表権者はシンガポール支店の代表として、会社法で定められる会社に要求される全ての質問に回答できなければならないほか、支店の会社法違反行為に対する罰則等の法的責任も負うことになります。ただし、取締役とは異なるため、原則として取締役会決議には参加しません。
- 登記住所
駐在員事務所と同様、支店は独立した法人格ではありませんが、シンガポールで登記する以上、必ず現地での登記住所が必要となります。したがって、設立を行う前に登記住所を決めておく必要があります。
現地法人の登記住所と同様、支店設立時には進出支援を手掛ける現地の会計事務所等の登記住所を一時的に借り、支店設立後にオフィスを自社で賃貸してから登記変更を行うか、登記住所と事業の所在地を分けるかのいずれかが実務上、一般的です。なお、ACRAやIRASといった政府からの公式通知(納税通知など)の受領や会社議事録等の法定書類の保管は登記住所で行うことになります。
- 事業活動
支店は現地法人と異なり、シンガポールで個別の定款を作成する必要がありません。つまり、支店の株主や会社のストラクチャー、事業活動は日本における本店の登記簿謄本、定款に基づくこととなり、事業活動の範囲は本店で定められた事業のみに制限されることになります。したがって、本店の定款に記載していない事業をシンガポールで行う場合には、事業を行う前に本店の定款等を改定しておく必要があります。
設立手続
設立手続は、ACRAのオンラインサービスであるBizfile+システムを使い、ウェブ上にて申請することができます。 ただし、設立申請時には以下の書類が必要となります。
- 本店の登記簿謄本もしくは履歴事項全部証明(翻訳されたもの)
- 本店の定款(翻訳されたもの)
- 取締役全員の個人情報(氏名、住所、パスポート番号、生年月日、就任日など)(翻訳されたもの)
- 代表権者の選任に係る覚書および氏名、国籍等の詳細
- 代表権者の同意書
- 登記上の事務所の所在地に関する詳細
なお、1、 2及び 3についても運転免許証など日本語の証明書である場合にはそれぞれについて英語翻訳を要します。4は通常、シンガポールで設立サポートを行っている業者が用意する英文の雛形を使用することが一般的です。
1から4の資料については、翻訳が正しい旨の宣誓書も添付したうえで全ての書類を公証役場に提出し、公証を取得することになるのが一般的です。
設立に要する期間
上述の通り、日系企業の支店設立は、本店の役員全員の情報が必要となるほか、法人としての各種資料原本が日本語であるため多くの資料について翻訳を要し、また公証取得の手続きも煩雑かつ手間がかかるため、現地法人の設立に比べて煩雑になります。また、必要書類に不備が生じた場合には、ACRAから資料の再提出を求められる等、結果的として通常よりも大幅に時間を要することも考えられるため、支店設立の意思決定から支店設立まで、1か月から2か月程度の時間をみておく必要があります。なお、上記のような必要書類が全て揃えば、一般的には1~2日ほどで支店設立が完了します。
設立費用
翻訳の外注費、公証取得に要する費用とは別に、支店商号の申請手数料としてS$15、登録手数料として資本金のある会社の場合にはS$ 300、それ以外の会社の場合はS$1,200を要します。
コンプライアンス義務
シンガポール支店は本店のある日本法人の一部であるものの、シンガポール支店の部分に関してはシンガポールの法規制に従うことになります。法人税申告義務のほか、シンガポールの会計基準に準拠した支店の決算書の作成義務、会計監査人の選任義務、本店の年次株主総会から2カ月以内に年次報告書(Annual Return Filing)を提出しなければならない義務、会計監査を受ける義務があり、現地法人と同等のコンプライアンス義務を負います。
年次株主総会(AGM)については、法人として日本本店で開催されるためシンガポール支店では行う必要はありませんが、その後に提出する年次報告書の提出時に、日本法人の財務諸表のコピー(翻訳されたもの)を提出しなければなりません。また、日本法人として採用する会計基準がシンガポールの会計基準と類似していない場合には、シンガポール基準に準じた財務諸表を作成して提出する必要があります。
なお、現地法人の場合、会社の事業規模や従業員数次第では、監査の免除規定が受けられますが、支店の場合はこのような免除要件がありません。ただし、現地法人で必ず必要となるカンパニーセクレタリーの設置義務はありません。
(注)上記取り扱いは出稿時点のもので最新実務と異なる場合があります。